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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5198号 判決

原告 有限会社ゴールデン・ベア・クラブ

被告 国

訴訟代理人 関根達夫 外一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双万の申立。

一、原告は「別紙記載の如き、原告会社の昭和二九年一月三一日現在の貸借対照表(以下単に本件貸借対照表という)は真正に成立したものでないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告は主文と同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因。

一、原告は昭和二七年二月二一日、肩書住所に本店をおき、進駐軍専用キヤバレーの経営その他これに附帯する一切の事業を目的として、資本の総額金一六〇万円(後に金三百万円に変更)で設立された有限会社であるが、同三三年三月一五日解散し、目下清算中のものである。

二、ところで、被告(その機関である広島国税局)は、原告に対する課税の調査に際し、昭和二九年一月三一日当時、原告会社の幹部を強要して本件貸借対照表を作成させ、これを同局に提出せしめて、課税の資料としたのみならず、目下鳥取地方裁判所米子支部に緊属している同庁昭和三二年(ワ)第一三六号土地所有権移転登記手続請求事件(これは、被告が、原告に対する法人税徴収債権に基き、原告に代位して、もと原告会社の代表取締役であつた訴外島田春を相手方として提起した訴訟である)においても、被告が原告に対し右債権を有すること、および原告が右訴外人名義により土地を所有すること、を各立証するため、前記貸借対照表を証拠として提出している。

三、しかしながら、本件貸借対照表は、次の如く、真正に成立したものでないのみならず、その内容もまた虚偽である。

(1)  成立の点。

右貸借対照表は適法な取締役会の合意により作成せられたものではなく、また監査役の承認も社員総会の議決も経ていない。

(2)  内容の点。

元来、原告会社は前記島田春の個人営業を引継いだものであるが、その営業に使用する土地・建物・自動車等は依然右訴外人の所有であつて、原告の所有ではない。しかるに、本件貸借対照表には、資産の部に、原告の所有として、建物四四六一、七〇〇円・土地三、七一八、〇〇〇円・自動車二、二二〇、〇〇〇円合計一〇、三九九、七〇〇円が評価計上せられている。(而して、被告は、右土地三、七一八、〇〇〇円に基いて、原告が訴外島田名義により土地を所有することを立証せんとしているものである。)

また右貸借対照表の負債の部には、銀行借入金として六、七四三、〇〇〇円が表示せられているが、右金員中 四、五〇〇、〇〇〇円は原告の債務ではなく、前記島田の個人債務である。

したがつて、以上の結果、右負債の部に計上せられている利益金七、四二九、四二五円は著しく過大であるといわなければならない。(しかるに、被告は、右利益金に基いて、原告に対し法人税徴収債権があることを立証せんとしているものである。)

四、よつて、原告は、本件貸借対照表の真否を確定するにつき利益があるから、民事訴訟法第二二五条により、請求の趣旨記載の如き確認を求める。

第三、被告の答弁。

一般に貸借対照表は、一定の時期における企業の資産、負債および資本の状況を総括的に表示したものであつて、企業主体企業の債権者その他一般第三者に企業の財政状態の概要を知らしめることを目的とし、それ自体、一定の現在の法律関係の成立・存否を証明する書面ではない。したがつて、貸借対照表は民事訴訟法第二二五条の確認の訴の対象となるものではないから、本訴は不適法として却下さるべきである。

第四、被告の答弁に対する原告の反駁。

被告の答弁は、請求原因第二項の被告の行為(特に前記訴訟における被告の訴訟行為)と矛盾するものであるのみならず、本件貸借対照表が原告会社の取締役に法律上その作成を義務づけられ、しかも原告に一〇年間その保存の義務あることを無視しているうえ、憲法第一四条に違反して原告に経済的差別待偶をなさんとする意図明らかなものであるから、同一法主体の訴訟行為としては、絶対に許されないものである。

理由

一、民事訴訟法第二二五条による確認の訴は「法律関係を証する書面」をその対象とするものであるが、右書面とは、その書面自体の内容から直接に一定の現在の法律関係の成立存否が証明され得るそれを指すものと解するを相当とするところ(最判、例集七巻一〇号一、〇八三頁)、貸借対照表は企業の財政状態の一覧表ともいうべきもので、一定の時期における企業の総財産を資産と負債の両部に分け、その現有財産と有すべき財産とを対象して、財産の構成状態の概要を明かにする帳簿であるから、たといその資産の部に不動産が記載せられてあつたとしても、これにより直接にある特定の不動産が当該企業の所有であることを証明し得るものではなく、またその負債の部に利益金が記載せられてあつたとしても、これにより直接に当該企業に対する国の具体的な法人税債権が存在することを証明し得るものでもない。そうとすれば、貸借対照表は、前記「法律関係を証する書面」には該当しないものというべく、したがつて、前記法条による確認の訴の対象とならないものというべきである。しからば、本件貸借対照表が真正に成立したものでないことの確認を求める本訴は不適法たるを免れないものといわなければならない。

二、なお、原告は、その主張の如き理由により本訴の却下を求める被告の答弁は許されないものである旨主張するが、そもそも訴が適法であるか否かについては、当事者の主張の有無にかかわることなく、裁判所が職権でこれを調査し判断すべきものであるから、右主張はそれ自体意味がない。

三、よつて、原告の本件訴は、爾余の点につき判断をなすまでもなく、これを却下することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一)

別紙 貸借対照表昭和二九年一月三一日付〈省略〉

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